八坂寺

<お寺は役の行者・小角の開基で大宝元年 701)小千伊予守正興が 文武天皇の勅願によって創建した と伝えられています。お寺を建てるに当って8カ所の道
を切り開いて道路を造ったので、八坂寺と名付けられました。本尊の阿弥陀如来は比叡山の僧 侶、恵信僧都が刻まれたといわれます。
弘仁6年(815)弘法大師がこの 地に止まり、堂宇を整えて第47 の霊場に定められました。

北側から眺めた山門。




その後は修験道の根本道場として大いに栄え、紀州熊野権現および十二社権現を祀ったので熊野山と名づけられ、末寺も48力寺を 数え、寺領に
荏原郷を有する程隆盛をきわめました。しかし、天正 の兵火やたび重なる火災によって規模は次第に縮小され、現在では 境内に本堂、大師堂、
十二社権現堂、鐘楼、本坊のみとなり、末寺 も番外札所の文珠院・徳成寺を残すだけになってしまいました。現在の本堂、大師堂は明治年間 (18691912)
に再建されたもの。本尊及び脇立の毘沙門天は同じ鎌倉時代の作で、国の重要文化財 に指定されている。

22の会談の正面に本殿が見える。

山門の天井には極楽と思える図が描いてある。


鎌倉時代の作とされる宝篋印塔が山門をくぐり抜けるとすぐ左手にある。この印塔は馬耳形突起(ばじけいとっき)から鎌倉時代のものと特定される。市の指定文化財になっている。


石段をのぼりつめると、すぐ左側に鐘楼がある。



大師堂   



本堂

権現同



閻魔堂


お墓参りの心得書き
一、まず本堂のご本尊さまにお参りしましょう
二、正月・春彼岸・盆・秋彼岸にお参りしましょう
三、祥月命日にはお参りしましょう
四、誕生日にもお参りしましょう五、祝いごとがあればお参りしましょう
六、夢をみたらお参りしましょう七、迷いがおきればお参りしましょう
八、歎きがあればお参りしましょう
九、感謝と報恩のためにお参りしましょう
十、近くに来たらお参りしましょう


江戸時代の八坂図

「愛媛の句碑歌碑」という本に出ていた江戸時代の八坂寺。山に本堂、鎮守、鐘楼があり、川の下右手には住職の家である「本坊」が見える。
道をはさんで左側は家田と記してある。いつ頃のものか不明。

                   
参考文献  「愛媛の句碑歌碑」


inserted by FC2 system